The National 『Boxer』

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レナード・コーエンの声には、ある種「リデンプション・ソング」的な響きというか、静謐で、しかし包容力のある声でそっと、その空間を満たしてくれるような響きがあると思う。そして、このブルックリンを拠点に活動するインディー・バンド、ザ・ナショナルのヴォーカリスト、マット・バーニンガーの声もまさに「レナード・コーエン」的な響きを持っている。そんな彼の声の周りでアコースティックギターやピアノが思慮深く鳴り、ストリングスやトランペット、フルートは控えめにそれを彩る。それらは、まるで在りし日のアメリカの良心を想起させるかのようだ。

 ここまで書くと、まるでオルタナ・カントリー系のシンガーソングライターのようだが、ザ・ナショナルはレッキとしたバンドである。こと、彼らの音をシンガー・ソングライターのそれと大きく隔てているのが、機械的な音を刻むドラム。ニューウェイブからの影響が強いブライアン・ディベンドルフのドラムは、かつてジョイ・ディヴィジョンが表現していたような、どこまでも冷たい構造物となって、そこに立ち現われる。この二つの要素が同時に鳴るとき、方や遠くのことを思いながらも、今いる場所が冷たく、無機質な都会のビル群であることを思い出さずにはいられない。この「伝統」と「現代性」のクロスオーヴァーが秀逸であり、また、「現代」を描こうと思うとき、これは非常に誠実な行為である。

 歌詞を読むまでもなく、「Fake Empire」とか「Start A War」といった曲名を見れば、このアルバムが「同時多発テロ」以降からインスパイアを得たものであることは一目瞭然だろう。21世紀の始まりの非常に残酷な記号として現われたあの事件からもう6年が経とうとしているが、あの日を境に白日の下に晒されたアメリカという国の構造を、毎年誰かが必死に描こうとしてきた。ボブ・ディランU2、ウィルコ、ブライト・アイズ…きっと、まだその構造自体、歴然と存在していて、「テロ後」というのは終わっていないのだ。そんな時代の誠実な表現者達に今年、ザ・ナショナルがその名を連ねた。傑作。



Boxer [輸入盤CD] (BBQCD252)

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