Feist 『The Reminder』

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シンプルな音、シンプルな言葉、(いや、ここでは敢えて「ありきたり」と言ってもいいかもしれない)それが、ある人、ある声によって語られる時、そのシンプルさを超えた「意味」を持つ瞬間がある。往々にして、「いい音楽」とはそういうものだ。もし、言葉ですべてを語ることが出来るのなら、端から「音」なんて必要ないし、それが人の手に鳴らされる必要もないのである。シンプルな歌や、シンプルなロックンロールが50年以上意味を持っている理由はそこにある。「ありきたり」がその余白に色んなものを写してしまう瞬間。結局のところ、人はそれに魅了されてやまないのだ。


ようやく国内盤リリースとなった、カナダのシンガー・ソングライターFeistの音楽にもそんなシンプルな魅力がある。彼女のアルバムにおいては、ルーツ・ミュージックもフレンチ・ポップスも音響的なディテイルも、すべては淡い色彩で溶け合っていて、これを要素分解して「凄い」という風に形容することは、難しいに違いない。しかし、この人の声はそのシンプルさに魔法をかけ、言葉が埋めることの出来ない余白に物を語らせ始める。Feistの、ふわっとどこかへ飛んで行けそうな奔放さと、それゆえにすぐにどこかに飛んで行ってしまいそうな儚さを持った声が、たとえば、悩みをすり抜けてふと訪れる全能感について歌えば(”I Feel It All”)、その全能感が一瞬の出来事に過ぎないことを同時に感じさせてくれるし、恋愛の不思議を(過去何億人という人がやってきたように)月に例えて語れば(“My Moon My Man”)、そこには本当に月の満ち欠けを思わせる神秘性が宿る。そして、去っていった恋人について歌えば(”One Two Three Four”)、それは悲しみだけでなく、別れの以前にあった美しい思い出についても思い出させてくれるのだ。


 一人の人間が、その微細な心の動きを、歌声で表現してしまえる。シンプルな歌が持ちえる不思議な魔法の一例を、あくまでさりげない教えてくれる素晴らしいシンガー・ソングライター作品。


THE REMINDER

THE REMINDER